なにがでるかな?子育て日記

「かけがえのない存在」って?

子供には、
まず自分のことを大切だと感じて欲しいな。
そして自分と同じように
他人もやはり大切な存在なんだということを
知って欲しいな。

…それは、親なら誰もが願うことですが、
実際どうすれば子供にそれを伝えられるのでしょうか?

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「かけがえのない存在」
という言葉は、それらのことを
とてもうまく表現しています。
でも、言葉で説明するだけでは、
子供にはピンと来ませんよね。

「戦争は悪だ」「弱い者いじめはダメだ」「絆」
などの言葉もそうですが、
どう見ても正しい言葉、
誰も否定できないような言葉、
うまいこと言えてる言葉というのは、
その正しさゆえに、
それ以上深く考えずに済んでしまうという
弊害があるように思います。

どれもすごく正しいことなので、
安心して頻繁に使われがちな表現ですが、
本気で言葉通り実現させようと思ったら、
本当は深ーく深ーく考えなければならないし、
人類の英知を集めなければならないような
難しいことのはずなのです。

それに、正しいことを言っている言葉は、悪用もされます。
だから「どう見ても正しい言葉」は要注意!

私は絵本で、伝えにくいけれど大切なことを
便利な言葉に頼らずに、
全体を通して感じ取ってもらえるような
作品が作れたらいいなと思っています。

話が逸れてしまいましたが、
「誰もが かけがえのない存在である」ということを
子供に伝えるときに、
言葉に頼っても
本当の意味では伝わらないでしょう。
それならどう伝えたらいいのでしょうか?

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娘が幼稚園に入ってから、私は教えてもらいました。
「人間が、他人の大切さを
どのようにして理解していくか」
そのひとつのケースを
娘を通して観察することができたのです。

ある土曜日のこと。
当時年少の娘が
家でリラックスしながら
お菓子の「じゃがりこ」を
ポリポリ食べてました。
すると突然、
ニヤニヤと思い出し笑いを
始めたのです。

なんだろう、と思ったら、
ポツリと一言、
「○○せんせい、
今ごろ私たちに会えなくて
さみしがってるかなー?」
(にやにやしながら)

娘よ、Oh なんてポジティブなんだ!

私はちょっとクスッと
笑ってしまったのですが
娘の話の はしばしから
なるほどと思えることが
垣間見えてきたのです。

担任の先生は
「クラスのみんなのことが大好きだ」
ということを、
毎日、毎日、根気よく
伝えてくれているようなのでした。
たぶんそれは言葉だけでなく、
表情とか、テンションとか、
いろんな方法でだと思います。

そして毎週末おかえりの時間には
「先生、土日はみんなと会えなくて
さみしいなー」と
言ってくれているようなのです。

またある日のこと。
娘が、
「きょうは おやすみしてた〇〇ちゃんが
なおって ようちえんに きてくれたんだよ!」
と嬉しそうに報告してきました。

風邪をひいて欠席していた子が
復活して登園すると、先生は
「今日は〇〇ちゃんが来てくれた!」と
いってすごく喜びます。
子供達も「良かった!」と思って
すごく喜ぶのです。

「私たちはみーんな、大歓迎の存在なんだ!」
ということを
毎日毎日 愛情を注がれることで
理屈ではなく体感しているようなのです。
子供は嘘をすぐ見抜きますから
きっと先生たちは本気の愛情を
真正面から注いでくださっているのでしょう。

こうやって、少しずつですが
じわーっとじわーっと
体に染み入るようにして
子供は体得していくのですね。

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今では娘は、
幼稚園のお友達が好きで好きで
たまらないようです。

幼稚園へ行けば
至るところにおもしろい友達がいて、
それぞれおもしろいことをやっている。

もちろん、
中には苦手な子もいれば大好きな子もいますし、
揉めたりぶつかったりすることも当たり前、
悩みも尽きないけれど、
根底には「みんなが大切な存在」
という思いがあるのが
見ていてよーくわかります。

娘が年少さんの頃、
二つ結びの髪型で登園したら
帰ってきた頃には
左右の結び目の高さがずれていて
ゴムが取れかけていました。

遊びまわっているうちに
乱れてしまったのでしょう。
「髪の毛のゴム、
取れそうになっちゃったね」
と私が言うと、娘は
「ううん。とれそうじゃなくて、
ほんとは いっかい、とれちゃったの。
それを 〇〇くんと〇〇ちゃんが
なおしてくれたの。」
とのこと。

なんと年上の男の子と女の子が
それぞれ左右のゴムを
結び直してくれたのでした。

小さい子をお世話するとか、
困っている人を助けるということも
相手を大事に思うからこそですよね。
母はキュンとしてしまいました。

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大前提として、
娘自身が大切な存在であるということを伝えるのは
まずは親の役目でしょう。

私たちはお恥ずかしいですが、
ちょっとねっちょりすぎるくらい
やっています。
(やりすぎかもしれません^^;)

言葉だけでなく、
娘に向けるまなざしの感じとか、
手をつなぐ時の圧力とか、
毛布をかけてあげるときの丁重さとか、
毎日毎日そういう細か〜いこと
ひとつひとつからも
きっと感じてくれてるんだろうなと
思います。

だけど親ができるのはこのくらいのこと。
世界で一番 自分を大切に思ってくれているはずの母親が
急に他のお友達の大切さを講義しはじめても
説得力はいまひとつ。

でも娘は幼稚園という環境の中で
自分で気づけるように
先生方に導いてもらったのです。
ありがたいことです!

気合が入って長文になってしまいましたね。。。
読んでくださった方、ありがとうございます!
今日はここまで。